私を大人にしてください
周りから子供っぽいと言われることの多い大学生の沙耶には、お気に入りの場所がある。それは路地裏にある、小さな自動車整備工場。そこの社長兼整備士の島のことが好きだった。ある日、男友達から強引に迫られた沙耶は、その足で島の元へ向かう。泣きながら彼に「私を大人にしてほしい」と頼む沙耶に島は…
私には、周りからよく言われる台詞がある。
「本当、沙耶って子供だよね」
そうなのかな、私ってそんなに子供なのかな。
棒付きのアメが好き、ケチャップがいっぱいかかったオムライスが好き、カエルやてんとう虫は平気で触れちゃうし、台風が来るとなんとなくワクワクしちゃう。
でも、私はそんな自分が嫌いじゃないんだ。だって、私が思うままに行動する子供みたいな性格じゃなかったらきっと、あなたには出会えていなかったから。
「まーた泥だらけ」
「えへへ」
私が自分のジーパンのお尻辺りをパンパンと乱暴に手ではたくと、目の前のその人は露骨に嫌な顔をして見せた。
「今日は何やらかしたんだよ」
「土手から転げ落ちちゃった」
「ど…っ、ハァ、こっちこい」
呆れたように溜息を吐くくせに、私をそのまま放っておこうとはしない。私はこの人のこんなところが大好きだ。
「たいしたケガはしてないんだな?」
「その土手にさぁ可愛い花が咲いててね?それ取ろうとしたらズルッと滑っちゃって」
「んなこと聞いてねぇ」
「あ、ケガだっけ?わかんない」
「は?」
「手も足もあちこち痛いんだもん」
サラッと言った私の頭上から、また大きな溜息が降ってきた。
「お前なぁ…」
「でも大丈夫、島さんがこれから手当てしてくれるから」
「病院行けよ、俺は医者じゃねぇ」
「や。島さんがいい」
子供みたいにペタンと座り込んで、島さんの前に両手を突き出した。島さんはもう何度目になるかわからない溜息を吐き出しながら、ちょっとだけ乱暴に私の手を取る。
そんな彼に、私は満面の笑みを浮かべた。
「笑ってんじゃねぇ、ガキ」
島さんは救急箱に手を伸ばしながら、もう片方の手で私のおでこを指で弾く。
「痛っ」
「痛くねぇよ、こんなん」
「私もうガキじゃないよ。確かにまだ学生だけど、この間二十歳になったし」
「こんな怪我する大人なんかいねぇよ」
「でも島さん、私がこんな怪我なんかしないちゃんとした大人だったら、島さんは私に出会えてないんだからね?」
真っ黒で綺麗な、ツヤツヤの猫。その子を夢中で追いかけて、私はこの場所にたどり着いた。
大通りから離れた路地裏にある、寂れた自動車の整備工場。島さんはここの社長さん、っていっても従業員は島さん含めたったの三人だけどね。
ガソリンスタンドみたいな臭いと、オシャレ感なんてどこにもないゴチャゴチャした小さな作業場。でも私にはこの場所が妙に居心地よくて。
いつのまにか、居ついてしまったというわけです。
「おーそりゃ願ってもねぇな」
島さんは意地悪く口角を上げて、ペチンと私のおでこをまた叩く。
「はいよ、終わり」
「ありがとう、島さん」
緩くウェーブのかかった髪を後ろで一つに結ってる島さんは、背が高くてガタイもよくていかにも怖そうな人って感じ。
なのに彼の手によって私の手や足に巻かれた包帯はやけにキッチリ綺麗で、おかしくてにやけながらそこを見つめた。
私が島さんの工場に頻繁に遊びに来るようになってもうすぐ半年。最初はまるで虫でも追い払うかのように手でシッシッて払われてたけど、私のしつこさに諦めたのか今では何も言わなくなった。
口では可愛くないことばっかり言ってるけど、本気で帰れって言わない。
メイクやファッションや恋愛の話なんて全く興味がなくて、大学でも明らかに浮いてる。どこにも居場所がなかった私を、島さんは受け入れてくれた。
私にとって島さんは、救世主みたいな存在なんだ。
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