天狐様のお嫁様になります (Page 2)
「病の母と幼い弟妹を支えてきたと聞いた。働き者の良い手だ」
私の手をいたわるように優しく握る。緊張しているのなんてお見通しとばかりに、触れる手は丁寧で優しい。天狐様の体温は高いのか、温かい手に触れられると自然と気もほぐれた。
「あの、私は天狐様をなんとお呼びすれば?」
「そうだな、いつまでもそのままというのも。旦那様では堅苦しい。…雪乃だな。そう呼ばれていた時期が一番長い」
「では、雪乃様と呼ばせていただきます」
他愛ない心地よい会話。気が付けば夜もいい時間だ。月があんなに高い。
「今宵は望月か。…今日はやめておくか?祝言で疲れたろう、初夜と言っても今日である必要は特にないのだから」
そんな事を言われるとは思わなかった。祝言を挙げて初夜と言えば当然のように、たとえ初めて会う人であったとしても抱かれるものだと思ったから。それなりにこの瞬間に至るまでにかなり覚悟している。もう祝言の時からある程度覚悟していた。
「覚悟はしております。正直なことを申しますと、こういう事は勢いも大事と申しますか。仕切り直されるのはそれはそれで別の覚悟もいるような気がしまして」
寧ろこういう日だからこそ、今がいい。仕切り直されたら仕切り直されたで、今日か今日かとどきどきするのは心臓が持つ気がしない。お顔を見るまで相当緊張していたのだから、もうこれ以上の緊張はこの生活に必要ないと思う。私が想像したような惨たらしいことも今後絶対に起こらない確信がある。
「そなたがそういうならそうしよう。何かほかに希望があれば、何でも言うといい。叶えられる限り何でもよい」
何でも、何でもいいというなら
「今後、名前で呼んでいただいても良いでしょうか?」
いや別に何と呼ばれても良かったのだけれど、これから長い時間を過ごすと考えるとやはり名前で呼んで欲しいと思った。雪乃様は一瞬驚いたような顔をしたけれど、くすくす笑った。
「随分と控えめなことを。欲がないことだ。だが、それを望むのなら今後キヨカと呼ぼう」
個人的にはなかなか大胆なお願いだったのだが。雪乃様がそういうのならそうなんだろう。
「おいで、キヨカ」
開かれた両腕に身体を預ける。見た目よりも逞しい腕に包まれて、耳元で心臓が鳴っているかのような錯覚さえする。ありえない位の緊張でまた体が硬くなっていたらしい、優しく雪乃様が背中をさすってくれる。顔を上げると、目が合った。その瞳に私はどう映っているんだろうか。
「ゆっくり呼吸をして、力を抜いて」
その言葉と共に初めての口づけをした。
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