「こっち向いて」あなたの声と言葉に濡れる

・作

同窓会を1人で抜け出した美優(みゆ)はエレベーターに乗り合わせた啓吾とホテルのバーに飲みに行くことに。どこか見覚えのある啓吾の顔と掠れた声でいわれる意外な言葉。バーを出て啓吾は同窓会が終わったホールに美優を連れて行く。喘ぐ美優に啓吾は「こんな顔にさせたいと思ってた…」と呟く。美優は啓吾に身も心も乱される…。

美優は、ワインを一口飲んで、グラスに付いた口紅を指先で拭いて溜め息をついた。

今夜は高校の同窓会で、見渡す同級生の中に、付き合っていた大木君は来ていなかった。

「大木君の奥さん、赤ちゃんが生まれそうなんだって」

聞きたくもなかったことを由紀にいわれたことを思い出した。

美優は、飲みかけのワイングラスをテーブルに置いて会場を出た。

飲み足りない…美優は、エレベーターに行くとバーがある上のボタンを押して、ネックレスをいじった。

ドアが開くと、後ろから来た男性が咳をしながら先に入った。

な、ムカつく。美優はムッとした顔で乗り込みボタンを押そうと近付くと、男性が先にボタンを押した。

「何階ですか?」

男性は掠れた声で美優に聞いた。

「同じ階です」

気まずい雰囲気を破ったのは、男性の方だった。

「すいません、マスクの紐が取れてしまって」

「あ、私、予備のマスクあるんで使って下さい」

「いいんですか?」

「どうぞ」

クラッチバッグからビニールに入ったマスクを差し出すと、受け取りながら男性は美優の指先をそっと撫でた。

「助かります。奢らせてもらえませんか?」

え?マスクだけなのに?喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「そんな悪いです」

「本当に助かりました。お願いします」

バーに入ると閉店前で人がほとんどいなかった。

美優は奢ってもらうことになり、ふたりはカウンターに座った。

男性はグリーンティーマティーニ、美優はギムレットを頼んだ。

「マスクありがとうございます」

「奢って頂くなんて、悪いです」

男性はマスクを取って、美優とグラスを合わせた。

あれ?どこかで見たことがある、気のせいかな?一口飲んで美優は男性に話しかけた。

「失礼ですが、まだお名前を伺ってないんですけど…」

ふたりは名前だけの自己紹介をした。

あれ?この人?テレビで見たことある…美優はグラスを口に付けたまま、男性を見た。

うつむいてマティーニを飲む、啓吾と名乗った男性の横顔に、美優は見惚れていた。

啓吾は、グラスを置いてカウンターに頬杖をつきながら、美優のほうを向いて微笑んだ。

「あ…フリーアナの?」

啓吾は口に人差し指を当てて「しー」というと、小さく笑いながら美優の耳元で囁いた。

「ふたりだけの秘密にして」

残っているマティーニを飲んで、美優を見ながらいった。

「美優さん…私、出ますけど」

啓吾は、膝の上に置いている美優の手に指を絡ませていた。

美優はギムレットを少し飲むと、啓吾は指を絡ませたまま、スカートの上から股の間に挟んでいった。

美優は驚いた顔をして顔を紅くして、啓吾から目を逸らした。

こんなことするんだ、美優は顔を見られまいと窓から見える夜景を見つめながら、ギムレットを飲んだ。

もう少しでスカートの裾に触れる。

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