年下の男の子は甘くほほえむ

・作

高校生の頃、後輩としたたった一回のキスが忘れられない花梨。その後輩と取引先の相手として再会。地方の大学に進学したと聞いてもう二度と会うことはないと思ってたのに。その後輩に『高校生の頃から好きでした』と言われて…。年下に乱される夜。

「は、初めまして、鈴井です」

「矢野です」

名刺を渡すとき指先がかすかに震えていた。初めての取引先への挨拶で緊張しているわけではない。まさか取引先の担当者が高校の時の後輩だなんて、驚きを超えて頭が真っ白になりかけた。かろうじて真っ白ならなかったのは、今日の打ち合わせの内容が頭から出ていかなかったのが大きい。

「一度弊社でご検討させていただこうと思います。近日中にご連絡しますので」

「はい、よろしくお願い致します」

ぺこりと頭を下げる。最後まで目を合わすことはできなかった。一人で良かった。先輩と一緒だったら確実にお小言の一つは食らうだろうし、後輩にこんな顔見せられない。立ち上がると

「忘れものです」

とかさりと四つ折りにした一枚のメモ帳を渡される。驚いてパッと見上げると目があった。

「待ってます」

そっと耳元で囁かれる。ばっと身を引いて、気まずさから結局何を言えばいいかわからず、再びお辞儀してブースを出た。ビルから出た後も心臓の鼓動が全身に鳴り響いている気がした。手の中のメモを広げると電話番号が書いてあった。うそでしょ?地方の大学に進学したって聞いたから、もう二度と会うことなんてないと思ってたのに。

*****

矢野君は高校の一つ下の後輩。先輩と慕ってくれたのもあり、他の後輩より可愛がっていた。あの頃は背も低かったし、純粋に子犬みたいで可愛かった。
ところが高三になったところで、遅めの成長期が来たらしい矢野君にあっという間に背を抜かされた。本人は

「成長痛で体中痛くて。夜になると骨がミシミシいってる気がするんです」

なんて言っていたが、背を抜かされたのはなぜかショックだった。少年はあっという間に青年になり、精悍な男の顔立ちに変化。それでも可愛がってはいた。しかしある日を境に関係が変化し、卒業と共に疎遠になっていた。
秋のことだった。その頃割と長く付き合った彼氏がいたのだが、

「受験に集中したいんだ。俺たち別れよう」

などと突然別れを切り出された。返せたのは一言

「…その方がいいね」

だった。
この人は私が知っていることも知らないんだと思った。知ってるよ、予備校で他校の彼女が出来たんだよね。二股掛けてたの知ってるよ。『受験のため』なんて嘘ばっかり。最後くらい『他に好きな人ができた』って真実が聞きたかった。悲しみは思ったよりなかった、ただただ悔しかった。

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