いい旅、いいお湯、いいオジサマ? (Page 2)

「ああ、いや、急に声をかけてすまない。玄関で会ったお嬢さんだね。名前を聞いてもいいかな?」

「城井みゆきです」

「みゆきちゃん、か。いい名前だ。私の名前は相沢樹。といってもアラフィフだしおじさんでも構わないよ」

ちょっとびっくりした。もっと若いかと思ってた。周りにいないタイプだしなぁ。品があって柔らかい物腰、紳士って感じ。おじさまを見上げると困ったように笑い、いきなり全く違う質問された。

「ここの温泉は最高だろう?」

「はい、最高でした」

歩き出したおじさまの後ろを歩く。おじさまはこの旅館の常連らしく一年に一回は来ているらしい。中庭を散策するのが好きで毎回来るとか。どうりで迷いなく歩いていくわけだ。

「昔、恋人と泊まった思い出の旅館でね。愛し合っていたんだけれど、彼女は親の言いつけで違う人と結婚。それでずっと独身なんて未練たらしいだろう」

本人は笑っているが、笑っていい話なのかも分からず曖昧に頷いた。風が吹いて木々がざわめく音がした。

「若い頃の美しい思い出ってやつさ。ここだけの話、このケヤキの下でセックスしたこともあったよ。当時はここまで立派な木じゃなかったけれど」

急にそんな話をされて顔に熱が集まる。中庭というには意外に広いここは木々が密集している場所もあって、確かにバレにくいだろう。それに人もまばらどころか来てそこそこ経つけれど、私たち以外誰も来ない。おじさまがゆっくりとこちらを振り返る。目を合わすのがなんとない気まずく、足元に視線を落とす。

「ははっ、初心だなぁ。顔がリンゴみたいに真っ赤だ」

「や、経験がないわけじゃ、ただ急にいうから心構えがなかったていうか…」

「予告して言うのもおかしな話だろう。そもそも彼女と泊まりに来る時点でわかりそうなものだが」

そりゃそういうこともあっただろうとは思ったけど、まさか中庭でなんて話聞くなんて思わないじゃないか。笑いながらまだ赤いであろう頬を撫でられる。

「想像してしまったかい?頬に触れてるだけで鼓動が聞こえてきそうだ」

「それは…」

してないと言ったら嘘になる。だからといってそれを正直に言うのははしたないと思われそうで、答えを言いよどむ。でも、この場では無言こそ最大の肯定だった。

「おいで、みゆきちゃん」

目が合った時からこうなる予感があったような気もして、私はおじさまの手を取った。

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