無口な無藤君が喋る時
大学生のゆかりは、友人に彼氏である無藤君との惚気を聞かせろと言われるが、言葉を詰まらせなかなか話さない。ゆかりが惚気を話したがらない、その理由は――……。普段は無口と知られるゆかりの彼氏、無藤君。そんな彼がお喋りになるときのお話です。
「ねえねえ、ゆかりって無藤君と付き合ってて楽しい?」
ランチタイムに突然友人の理子から投げかけられたこの言葉。
理子からそんなことを言われるだなんて思っていなくて、私は口いっぱいに詰め込んでいた卵焼きで喉を詰まらせかけた。
「え、突然何?!」
「だって無口でクールな無藤君が好きだって言ってアタックしたのはゆかりだけどさ、なんにも惚気てくれないじゃん」
「いやまあ……」
「無藤君て講義で当てられても声小さいって言われるし、普段何考えてるのかわからないじゃん。一緒にいて楽しい?」
紙パックの野菜ジュースを飲みながら、理子はジト目で私を見てくる。
確かに私の彼氏、無藤君のことに関しては理子の言うことは正しい。
寡黙で、そこにいるはずなのにいないような空気感を持っている無藤君。
私はある時、同じ講義で出会ったそんな彼に一目惚れして、ダメ元で猛アタックを仕掛け告白した。
すると予想外というか、拍子抜けというか、あっさり「いいよ」という返事をもらったのだ。
普段女子グループと騒がしくやかましい、無藤君とは対照的な私が、だ。
そんな彼と付き合って三か月が経過するのだが、小学校から付き合いのある理子にでさえ無藤君とのことは話していない。
だって、無藤君とのことはなんというか、人には話しにくいというか、まだ隠していたいというか。
すると理子が何かに気付いたように、私の背後を指さす。
振り向いてみると、そこには無藤君が立っていた。
「うわあ?!」
「……やあ」
私のリアクションにも特に反応しないこの彼こそ無藤君。
今日も相変わらず無口と無表情で何考えているのかわからないけど、それがいい。
「ど、どうしたの……?」
「今日、そっちの家いくから」
「う、うん!バイトあるから21時過ぎに来てね!」
用件だけ言い終えた彼はすたすたと遠ざかって、雑踏の向こう側に消えた。
無藤君の背中を見送ってから理子の方へ顔を戻すと、理子はとってもニヤニヤして私を見ていた。
「な~んだ。思ってたよりラブラブじゃん。返事も聞かず、しかも確定事項として家に行くなんて言っちゃってさ」
「まあ、うん。あはははは」
「で、どうなの?もうヤッちゃった?」
そんな直球で聞く?
真昼間で周りにも人がいるってのに、本当に理子ってデリカシーがない。
「あ、わかった。ヤリまくってて惚気られることがないんでしょ。普通のデートとかしてないから」
理子は昔からこの調子で、私が黙っておきたいことを言い当ててペラペラと喋りまくる。
ほぼ肯定ととれるようなだんまりをしてしまう私がわかりやすいというのは確かにあると思うんだけどさ、それにしてもだよ。
「今度普通のデートの仕方、教えてあげようか?」
「いや、あんた彼氏いたことないじゃん……」
「失礼な!今にできるって!」
そんな馬鹿なことを話してたら次の講義の時間が近づいてきてバタバタと走り出す。
それからバイトをして、夜が来て、無藤君が家に来て、あっという間に寝る時間になって一日が過ぎていく。
でも、寝るのはまだ先だ。
キュンでした。
エッチの時の掛け合いがとてもキュンキュンして良かったです。
2人のお喋りと無口の切り替わりポイントがたまりません。
二矢 さん 2020年6月8日