社長の命令は絶対です (Page 2)

コンコン…。

木目調のドアをノックすると、中からどうぞと返ってきた。いつも先輩の横についている秘書らしき男性の声ではなく雅樹先輩の声だ。

「失礼します…」

「あぁ、夏美。帰ろうとしていていたところ悪かったな」

社長室に入ると、大きな窓の前に置かれた机で資料を読んでいる先輩がいた。
一瞬だけ資料から目を離し、チラッと私を見て微笑む。

相変わらず出来る男って感じだなぁ…ていうか、実際に出来る男だから会社を建てちゃったのよね…。

大丈夫ですと私がドアの前で立ったたままでいると、先輩が自分の方へ来るよう手招きする。

きっと、今日の会社での出来事を聞かれるのだろう。
超絶優しくて素敵な人たちばかりで、問題はナシ。それだけ報告したらさっさと退出しよう。

昼間すれ違った時と同じことを言うことになるが、まだ初日。
とりあえず、前の会社の雰囲気に比べたら天と地の差なのは間違いない。

「あの、先輩っ…社長…」

「2人でいるときは先輩でいいよ。俺も夏美に社長って呼ばれるの変な気分だし」

気をつけようと思っていたのに、またうっかり呼んでしまった。

昔は先輩後輩の関係だったとはいえ、今は雅樹先輩の会社で働かせてもらっている。
それに、外部の人の前でも間違えたらまずいし、先輩呼びのままは直した方がいい。

「でも、今は私は社長の元で働いているので、先輩呼びはもう卒業しますね」

「相変わらず真面目だなぁ。でも…そんな真面目なお前でも、あんなことするんだもんな…」

先輩は資料を机に静かに置くと、立ち上がり、机の前で立っている私に近づく。
そして、私の耳元に近づくぐらいしゃがむと、そっとある人の名前を囁いた。

「北山先生」

「…っっつ!!」

やっぱり…先輩に見られていたんだ!

「当り?顔が真っ赤だよ?」

さらっと私のポニーテールに触れられ、ビクっとしてしまう。
そしてその瞬間、私はもうこの会社にいられないと思い、素早く身を翻す。

先輩へ何か言った方がいいかとも思ったけれど、返す言葉が思いつかない。

だって、あの日のことは私の中で人生最大の過ちだから…。

泣きそうな気持をグッとこらえ、そのまま早足でドアに向う。
ドアノブに手を掛けた、その時…。

バンッ!!

後ろから先輩の手が伸びてきて、開きかけたドアが再び閉められる。

「悪かった、泣かせるつもりはなかったんだ…」

その言葉を聞いた途端に目から涙が零れ落ち、顔を見られたくなかった私はおでこをドアに擦り付けた。

「ごめん…ただ、あの日のことは俺も衝撃的でさ。夏美が先生を好きだって思わなかったから」

「先生のことは好きだったけれど、あんな…あんなことになるなんて思わなかったんです…」

あれは大学3年の夏休み。サークルの集まりがあると言われていたので、私は大学へ向かった。

集合時間は10時。腕時計を見ると、まだ9時15分。

後輩である私は、窓を開けて空気の入れ替えをした後、クーラーをつけたりするために、先輩たちよりも早めに行くようにしていた。

サークルの部屋に続く廊下を歩いていると、すぐ横の倉庫部屋から北山先生が顔を出す。

「わっ!先生、驚かさないでくださいよー!」

「ごめんごめん、足音が聞こえたから」

北山先生はまだ若いが経済学部の先生で、去年うちの大学にやってきた。
身長が高く、柔らかい雰囲気の先生は特に女子から人気が高く、本気で先生に告白している子もいたほど。

そして、実は私も先生に恋する一人だったのだ…。

そんな淡い恋心を隠して、私は何でもない感じで先生に何してるのか聞くと、ホワイトボードを探しているとのこと。

へぇ~ホワイトボードね…と思っていると先生に一緒に探して欲しいと頼まれ、そのまま一緒に探すことに。
でも、その時私は教室に鍵がかけられたことに、全く気付かず…。

部屋に入った私に、いきなり先生はこちらへ振り返り、好きだと言ってきたのだ。

予想外の言葉に驚きながらも、嬉しさで全身が熱くなったことを今でも鮮明に覚えている。

だけど、その後のことは正直…あまり思い出したくない。

嬉しいと喜ぶ単純な私に、抱きしめてもいい?と聞く先生が可愛くて、はいと頷くと…そのままキス。
はい…。あとはみなさんご想像の通り。

私の初めては学校の準備室で、しかも先生によって奪われたのだ。

正直痛くて気持ち良くはなかったし、こういうことって順番があると思っていた。
でも、あの時の私はまだ幼くて、これが大人になることなんだと勘違いしてしまっていたのだ。

後ろから先生に突かれていた時、私は自分の手の甲で声を抑えていた。
一瞬でも気を抜くと、痛くて叫びそうだったから…。

と、その時、準備室のすりガラスになったドアに人影が見える…!

先生は私の腰を掴んだまま、全く気づいていない。

まずい、見られた!?と私が目を見開くと、見覚えのある顔と目が合う。
それは、ドアについていた小さな窓からこちらを覗く雅樹先輩だったのだ…。

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