社長の命令は絶対です

・作

大学生の時に先生と初体験をしてしまい、いまだに後悔している夏美。それが原因で人間不信になり前の会社でうまくいかず転職をしたが、なんと社長は大学時代の先輩…!しかも先輩は夏美と先生の関係を知っていて…。

「あれ?夏美!?」

「雅樹先輩!?」

大学を卒業してから、7年間務めた会社でパワハラを受けまくった私は、先月ようやく退職することができた。

本当はすぐにでも辞めたかったが、ギリギリまで仕事を振られてしまい、結局会社を辞めたのは月末。
意志の弱さと、なかなか面と向かってもの言えない性格の自分自身に嫌気がさす。

でも、とりあえずパワハラ会社を辞めることができた!これは私的には大きな進歩だ。

とはいえ、無職のままでいることには不安しかない。

そこで私は、退職して1週間だけゆっくりと休み、翌日ハローワークへ向かった。

今まで勤めていたのは広告代理店だったので、今回も同じ職種でお願いする。
本当は心機一転で全く違う業種に挑戦してみようと思ったのだけど、内心やっぱり少し不安。

そこで、ハローワークのお姉さんが最初にオススメしてくれた会社へ書類を出したところ、すぐにでも面接がしたいとの嬉しい返事を頂いた。

そして、今まさに私は面接室に入ったのだけど、そこで面接官として座っていたのが雅樹先輩だったのである。
相変わらずくせ毛のある、ゆるやかなウェーブの入った髪が懐かしい。

「久しぶりだなぁ、大学の卒業式以来じゃないか?」

「そうですね~、卒業した後すぐに雅樹先輩はアメリカへ行ってしまいましたから」

「定期的に飲み会とかやってたんだって?俺も参加したかったよ~」

「えぇっと…あの…先輩はここの会社で働いているんですか?」

久しぶりに会う雅樹先輩につい、昔のノリで話てしまったが私は面接に来ているのである。
今は一旦、先輩後輩モードを封印しなければ…っ!

「あぁ、まぁ…働いてるって言うより、ここ俺の会社なんだよね」

え!?先輩の会社…!?

このおっきな建物が先輩の会社ってこと!?

あんぐりと口を開けたまま、何も言わずにいる私の思考を読み取った先輩がクスクス笑いだす。

「ふっ…相変わらず夏美は、考えていることが顔に出やすいな」

先輩に言われてハッとした私は、顔が熱くなるのを感じた。
30前になって顔に出やすいなんて言われると、子供っぽくて恥ずかしくなる。

「雅樹先輩、私のことはいいので面接してください!」

「…」

「先輩?」

「…合格」

へ…?合格?まだ何も答えてないのに?

「…私のこと、まだ面接してないですが?」

でも俺は夏美のこと『よーく』知ってるからさ、とまたニコニコと穏やかに笑う先輩の顔が怖い。

よーく知ってるって…。まさか、あのこと?
やっぱり先輩はあのとき、あの場にいたのだろうか?

いやいやいや、だとしても仕事と何も関係ないし…。

「てなわけで、明日から出社してね!」

明らかに挙動不審な私を無視して、資料や契約書などが入った大きな茶封筒を差し出す先輩…。
私は無言のまま受け取るが、まだ、頭の中が上手く整理できていない。

そして、帰りの電車の中で私はこんなことならパワハラ会社にを辞めなきゃよかったと思うのであった…。

*****

ここが私の席ね…。

翌日、恐る恐る出勤した私のことを、部署のみんなは優しく歓迎してくれた。
課長さんはおっとりとしたおじさんだし、私に最初に声をかけてくれた女性社員の人もすごく親切。

雰囲気が前の会社と180度違っていて、私は驚きを隠せずにいた。

どうしよう…!すごくすごく素敵な会社でニヤニヤが止まらない!あっ、また顔に出てないかな…変な人だって思われたらヤバイっ。

元の会社にいればよかったあなぁ、なんて思ったけれど、こんな温かい人たちに出会えたことだし、今は退職して良かったと心から思う。

まぁ…私も単純だよね、昨日雅樹先輩に会った時は前の会社を辞めなきゃよかったって思っていたのに…。

でも、先輩は社長なわけだし、平社員が会うことなんて滅多にないはず。
先輩のために、こんな素敵な会社を辞めるなんてもったいない…!

私が口元に手を当てながら、ほっぺが緩むのを防ぐためにギュッと両頬を押していると、さっきの女性がやってきた。

「乾燥対策には、アメちゃんが一番だよ!」

そう言って、振り返った私の手に様々な種類の、のど飴を置く。
マヌカハニーののど飴から甘酸っぱいフルーツ味、ミントのど飴まであった。

「あ、ありがとうございます!えっと…」

「中田由衣って言います、よろしくね」

由衣さんは私より3つ年上で、現在おめでた中。
妊娠していることに気づかないくらいスタイルがいいことに驚きつつ、由衣さんが会社の中を色々と案内してくれることに。

「夏美ちゃんは、どうしてこの会社に?」

「実は前の会社で困ったことが多く起きてしまって…」

私は全部ではないけれど、自分が受けたパワハラを少しだけ話した。
引かれないかな…と心配になって由衣さんを見ると、眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。そして…。

「なにそれ!酷いね!夏美ちゃんはよく耐えたよ~」

私の腕にそっと手を添えた由衣さんから伝わる温かさに、思わず視界が滲む。
頑張ったんだ…私、そっか、頑張ったんだよねって…。

「もう、夏美ちゃん!過去のことは忘れて、これから一緒に楽しく働こうね」

もう…私、生まれ変わったら由衣さんの子供になりたいですと私がグズグズになった声で言うと、由衣さんは大口を開けて豪快に笑っていた。

そんなやり取りをしながら会社を案内してもらっていると、廊下の先からコツコツと靴音が響いてくる。
由衣さんの顔を見て話していた私が靴音の主を見ると、雅樹先輩―もとい社長だった。

お疲れさまですと由衣さんが頭を下げるのを見て、私も慌てて頭を下げる。

「夏美、会社の居心地はどうだ?」

「はい、みなさん親切で優しいです…」

そうか、とだけ言うと雅樹先輩は足早に廊下を歩いていってしまった。
なんだろう、何か昨日とは違う感じがするような…。具合でも悪いのかな?

「ちょっと!ちょっと!社長と知り合いだったの!?」

「大学時代の時の先輩で、テニスサークルが一緒だったんです」

やっぱり社長は部長でしょ!?と目を輝かせる由衣さんの期待通り、雅樹先輩は部長をしていた。
しかも名ばかりではなく、大会に出れば優勝間違いなし。全て完璧でみんなの憧れの存在だったのだ。

そんな感じだから当然モテてたし、バレンタインになればチョコレートが山のようにサークルに届く。
そして、後輩であった私は山のように積もったチョコレートのおすそ分けをもらう役割も担っていた。

あの時は本当に毎日が充実していたし、すごく楽しかったことを今でも覚えている。
とは言っても、色々あったけどね…。

そんなことを思い返しているうちに、あっという間に就業時間となっていた。時刻は18時。
数名が残業するとのことで、私は由衣さんと共に部署を出てエレベーターに向かった。

すると…。

「町田さーん、社長が呼んでます!すぐに、社長室に来て欲しいそうでーす!」

同じ部署の男性が部屋から顔を出して、エレベーター待ちをしている私に叫ぶ。

わぁ…あんなに大声で…。恥ずかしい…。

目を丸くする私に由衣さんは、社長は後輩のことが心配なんだね。早く報告しておいで~と言うと、手を振りながらそのままエレベーターへ乗り込んでいった。

昼間会った時に大丈夫って言ったのに…。
あまり気乗りしないまま、ため息をついた私は社長室へ向かったのだった…。

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