無双の男に芯から愛されました。

・作

ディアドラ姫とリュスベルグ王の婚姻の夜だった。いかめしく見た目恐ろしいリュスベルグに嫁ぐことを嘆く侍女のクララ。ディアドラもまた不安でならなかった。だが、寝室に現れたリュスベルグ王の取った行動に、ディアドラは心ほだされる。

侍女のクララがしくしくと泣いている。

「さ、もう泣くのはおやめ。クララ。陛下が来られるわ。お前は出ておいき」

クララが顔を上げディアドラを見た。

「怖くはないのですか。ディアドラ様。私、わたくしはディアドラ様があんないかめしい男にいいようにされるなんて耐えられません」

子供のころから彼女の身の回りの世話をしてきたクララはもはやもうひとりの母親だ。

「これは昔から決められていたことではないですか。それにリュスベルグ陛下はたいへん勇猛なお方。男子としてこれ以上求められる資質はないわ」

ディアドラはそう言いながら昼間婚姻の席で見た巌のような男を思い出していた。

国同士の婚姻。

ディアドラは一国の姫であり、このために産まれてきたと言っても過言ではないが、歳の離れた放したこともない男のもとに嫁ぐことにはやはり恐怖があった。

だがクララが先に泣いてしまったので泣くことはできなかった。

クララは振り返り振り返り部屋を出ていく。

ディアドラは大きなベッドの上で行儀正しく座りクララの後ろすがたを見送った。

しばらくして鐘がなり侍従の声が響いた。

「リュスベルグ陛下のおなーりー」

寝室の扉が勢いよく開く。

とつぜん視界に真っ赤な吹雪が舞った。

「まあ!いったいなに?」

「美しかろう。ディアドラよ」

それは赤いバラの花びらだった。

リュスベルグは片手に籠をかけると山盛りの赤いバラの花びらをバっとまき散らす。

「まあ、これは」

ディアドラはシーツに舞い落ちたバラの花びらを拾った。

ビロードのような手触り。

「きれい」

リュスベルグはディアドラのかたわらに座る。

「気に入ったか。我が姫」

「…はい」

「私におびえて子リスのように身をこごめて部屋の端で震えていないか不安だったが、良かった。良い表情をしている」

いや、震えていた。

しかし今は怖くない。

それくらいにバラの花びらは1枚1枚が美しく、まだ慣れないリュスベルグの声は快活で明るいものだった。

ディアドラは顔を上げ初めてじっとリュスベルグを見た。

リュスベルグの顔は傷だらけで片目には眼帯。

いくさで負った傷のせいでふさがっているという。

「私の顔は怖いか。そうだろうな。美しい姫君よ」

とくとくと胸が鳴る。

どうしよう。今となってはちっとも恐ろしくない。

リュスベルグがディアドラの頬に手を当てる。

剣を持ちなれた男の硬い皮膚。

今不安なのはリュスベルグのことよりこれからの閨の振る舞いについて学んだことが一切飛んでしまったことだ。

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