左手の薬指からはじまるイケナイこと (Page 4)
気付けば時刻は22時。
終電までまだ時間はあるけれど、飲みすぎた。
もう飲めない。
頭がぐるぐるする。
誰かとこうやって外で飲むのが久しぶりだったせいか、すっかりお酒に弱くなってしまったようだ。
「酔っちゃったからちょっとあるいてからかえる」
キョウスケに一報入れて、フラつきながら店を出る。
「ほら、マユミさん、危ないからここ掴まって」
リョウタが腕を差し出してくれる。
「さ、僕も一緒に歩くんで風に当たって酔いを覚ましましょ」
リョウタの腕かかつてのキョウスケの腕か。
なんだか目の前がぐるぐるぐるぐる回ってよくわからないけれど、温かくて心地いい。
「うーー、めちゃ酔った!たのし!」
「わあ、こんなマユミさん初めて見ました」
しばらく談笑しながら歩みを進めると小さな公園にたどり着いた。
「お水買ってくるんでマユミさんちょっと待っててくださいね」
ベンチに腰を下ろし、すっかり血色良く桃色に染まった自分の手を眺める。
専業主婦だけれど荒れていない何の特徴もない手。
左手の薬指に巻きつく指輪部分が痒い。
「はい、どうぞ」
隣にリョウタが座り、ベンチがギシッと軋む。
「マユミさんの手、綺麗ですよね。白くてすべすべしてそうで、キーボード叩くときにちょっと伸びた爪がカチャカチャいうの好きでした」
「えー、そうかなあ」
自分の左手を空にかざしてまじまじと見つめる。
月の光に照らされ、薬指がきらりと光る。
「マユミさんも、その手も好きなんですけど、あれだけは嫌いです」
「えっ」
慕ってくれていたと思っていたリョウタからそんなことを言われて思わずたじろいでしまう。
「これ」
左側からリョウタのゴツゴツした手が伸びて、マユミの左手の薬指をとらえる。
乾いた指で根元をなぞられ、くすぐったい。
「マユミさんが結婚してるって、誰かのものなんだって改めて思わされるからこの左手の薬指が嫌いです」
え、どういうこと…と顔をリョウタの方に向けると困ったように笑うリョウタと目が合った。
絡んだ指はそのままに、風が葉を揺らす音だけが耳をかすめる。
お酒のせいか、目の前にある瞳が赤らみ潤んでいる。
知ってる、これ。
どちらから、だろうか。
どちらともなく、だろうか。
指が絡み合い、唇が触れる。
何度も、確かめ合うように、重ねていく。
湿り気を増して、もっともっととお互いの中に入っていくように。
もう風の音も、葉が擦れる音も聞こえない。
聞こえるのは二人の吐息と唾液が絡んでちゅぷちゅぷと跳ねる音だけ。
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