左手の薬指からはじまるイケナイこと (Page 2)

今じゃもう、ね。
義母から貰った紅茶をズズッと音を立てて飲み干す。

マユミの左手の薬指に光る指輪も、馴染んでしまったのか、視線を手元に落としても『いつものこと』としてときめかなくなってきていた。

毎日同じように家事をこなして、夜遅くに帰ってくるキョウスケを待つ生活。
変化があるとすれば、毎日のようにかかってくる義母や実母からの親切とお節介の狭間のような電話が短いか長いかくらいだろうか。

「そろそろ子どももね」
いくつかのバリエーションがあるが会話は大抵ここに行き着く。

いわゆるアラサー夫婦の私たちではあるが、子どもはいない。
できないというより、つくらない。
つくる余裕がないし勇気がない。
自分たちの人生で精一杯、そんな感じだ。

でもどうやら『おかあさん世代』は結婚したら子どもはつくるものだと思っているし、子育てをしてこそ一人前だと思っている節がある。

今の時代にそぐわないと苛立つこともあるが、最近彼女たちの気持ちがわかってきた気がする。

専業主婦って、毎日同じ生活だからか達成感が本当にない。
何かと工夫しながら節約を頑張ったり、料理も栄養バランスや味付けにこだわったりするのだが、わかりやすく評価されることもないし自分でやりがいを感じることもない。

そして、仕事に打ち込むキョウスケに負い目と引け目を感じてしまう。
もしかしたら、それは過去の自分自身に対しても、かもしれない。

折角心を休めるために専業主婦になったのに、自分の居場所をつくりたい、求められて力を発揮したい。
そう焦っていた頃、前の職場の後輩であるリョウタからメッセージが届いた。

「マユミさん、ご無沙汰しております。ちょっと相談したいことがありまして、今度久しぶりに飲みにでも行きませんか」

慕ってくれていた2つ下の後輩からの久しぶりのメッセージは純粋に嬉しかった。
リョウタとは同じチームで働いていたこともあり、キョウスケも名前くらいは知っているメンバーだった。
今まで結婚してから異性と2人で飲みに出かけることはなかったが、どうやら折り入って相談があるとのことなので、キョウスケに断りを入れて、OKの返事を送った。

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