終業後はサイボーグ系上司をどろどろにとろけさせています。

・作

仕事はできるけど人間味がない。無口で無表情で理性の鬼で、ついたあだ名はサイボーグ。そんな上司が快楽でどろどろにとろけた顔をして、泣いたり謝ったり喘いだりする姿を知っているのは部下の私だけ。金曜日の夜、誰にも晒せない弱い顔を見せるためだけの淫らな遊びが始まる――。

デスクトップPCの画面をにらむ私の視界に、新しい書類がにゅっ、と斜め上から生えてくる。

「ごめん、これやっといてほしいんだけど、ええと」
「柳です。いい加減覚えてくださいよ、鳥居さん」

私、柳花枝は露骨に呆れた顔を作って見せながら、差し出された書類を受け取る。
相手の男性の先輩、鳥居さんは、対照的にへらへらっと悪びれない顔で「ごめんねぇ」と笑った。

「ごめんね柳ちゃん、うちの代の鳥頭が…」
即座に、斜め前の席の姉御肌、雪野さんからフォローが入る。雪野さんは、今軽口を叩きながらしれっと期限ギリギリの書類を出してきた鳥居さんの同期だ。

「誰が鳥頭だって?」
「柳ちゃん入ってどんだけ経つと思ってんの。あんまり覚えなかったら骨叩き折って鍋で煮てダシ取るよ」
「こんな怖い先輩が斜め前でごめんね、ええと」
「柳ちゃんだっつってんでしょ鳥ガラ頭!」
「ダシ取らないでよ!!」

この二人のやり取りはほぼ漫才だ。近くの席のいくつかから、こらえきれない様子で笑い声が上がる。
私もちょっと耐えられなくなって小さく笑いながら、視線を右にスライドさせた。

視線の先で、微動だにしないし微笑もしてないのが、うちの上司。
黒岩係長。

仕事は怖い位できる。ただし、人間味がない。
失敗しない。冗談も言わない。笑ったところを、部署のほとんどの人間は見たことがない。

切れ長の二重の目に筋の通った鼻、薄い唇の整った顔立ちを、少し銀色のものが混ざる黒髪がふちどっている。いつもグレーのスーツを隙なく着こなしているし、声は低くて綺麗だ。
それも魅力になるというよりは、印象の冷ややかさを加速させている。

実際、彼のことをロボットとかサイボーグみたいだと評する人も多い。

手元の書類からすっと目線を上げた係長が、「鳥居くん、ちょっと」と、鳥居さんを呼んだ。

鳥居さんは一瞬泣きそうな顔を作ると、さっきまでのおちゃらけ具合が嘘みたいにハリのある声で返事をして、係長席に小走りで向かっていく。

雪野さんはその背中を、あーあ、という顔で見送っていた。

この感じだと鳥居さんは多分書類の詰めが甘くて怒られる、というか叱られる、というか、問いただされる。
ものすごい理詰めで、淡々と。

係長は感情的に怒鳴ったりしない。それが逆に怖いのだ。

心の中でかわいそうな鳥居さんに合掌しつつ、私はもう一度、鳥居さんを無表情で待つ係長の方に視線を送る。

冷ややかで、清潔で、完璧な人。

…夜は、ものすごく可愛いのだが。

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