思い出の場所でかつて好きだった人と
教育実習で久しぶりに母校である高校にやって来た琴原夏奈(ことはらかな)。懐かしさに校舎を見て回っていると学生の時好きだった笹原優斗(ささはらゆうと)と再会。『お前のこと好きだったんだ』、その言葉にあの頃の恋心がよみがえる。放課後の空き教室であの時できなかったことを…
「先生、琴原です。ご無沙汰しております。明日からご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「お、明日からか。ビシバシしごいてやっからな」
教育実習生として、母校の高校にあいさつに来た。大学の三年生。この学校に通っていたころはこんな未来想像してなかった。教育学部に進学した時いつかどっかの学校で教育実習するんだろうなとは思っていたけど、教育実習が基本母校なんて知らなかった。
「先生、校舎見て回っていいですか?」
「ああ、もう放課後だし。お前以外にあいさつに来たやつも見て回ってるはずだ」
誰だろう。先生にお礼を言って職員室を出る。かつて、職員室は怖くてできれば近づきたくなかったのに。明日から頻繁に出入りすることになるのかと思うと、不思議な感じがする。
*****
教室を見て回る。十年どころか五年も経っていないのに、懐かしさがあふれる。二年生三組の扉を開ける。高校生活で一番印象的なのは二年生の時だ。
「あれ?」
「よお、久しぶりだな。琴原」
「笹原」
教壇に立っていた彼はあの頃と同じ人懐こい笑顔だった。かつて、私が好きだった人。また会えるなんて思ってなかった。しかも、思い出のこの場所で。
「笹原も教育実習?」
「そ、数学。琴原は?」
「英語」
「あー、琴原英語得意だったもんなぁ。順位表でも上の方に名前載ってたし」
「笹原もじゃん。私は数字とは一生仲良くできそうにないな」
最後に会ったのは卒業式だから、約二年半ぶり。少し大人っぽくなった気がする。それはスーツのせいかもしれないけれど。二年半もあっていなかったとは思えない位、話が弾んだ。机の天板の裏に貼ってあるシールが目に留まる。
「はは、俺が貼ったシール残ってる。今は全然知らねぇ奴が使ってんのにな」
「はがしようがないもんね、文化祭の悪ふざけで上からニス塗ったし」
オレンジ色の星のシール。文化祭のテンションで上からニス塗ったら剥がれなくなった。思い出して笑っていると、ふと目が合った。
「俺さ、あの頃お前の事好きだったんだ」
「そう、なんだ…」
突然のことに返事する声は少し震えていた。両想いだったなんて考えたこともなかった。
「琴原は俺の事ちょっとでも好きだった?」
「うん、そうだね。好きだったよ、すごく」
卒業式のあの日、どこかに行ってしまったはずの恋心が鮮やかに息を吹き返す。
「よし、高校の時の俺の秘密基地おしえてやるよ」
笹原に手を引かれ歩き出した。
全部良かった
やっぱり、全部良かったです。
鈴木 さん 2022年7月20日