電車で揺れちゃう朝のモウソウ
毎朝同じ電車に乗る彼。名前も何も知らない。私の好みの顔で清潔感があって、手と爪がキレイってことだけしか知らない彼を何故だか私はだんだん意識していってしまう。どんな風に喋るのかな。彼女はいるのかな。いるならどんな風に触れてキスして、それから…。日毎に彼への妄想は止まらなくなり、やがて私は彼とのセックスにまで…。
毎朝同じ電車に乗り合わせる彼は、私の好みの顔だった。
少し切れ長の目尻にスッキリした眉。鼻が高くてちょっと彫りの深い顔だち。顔だけじゃない。スーツのセンス。漂ってくる整髪料の匂いも。
私の好みだった。
…本当のことを言うと、前の彼に似ていた。
整髪料の匂いもそっくり同じで、それだけで意識しはじめてしまった。
チラッと目が合うのはいつも一度だけ。彼が乗り込んできたときに。話しかけられることはない。もちろん痴漢されてるわけでもない。
だいたいいつも、隣り合わせで吊革を持つ。
それだけ。
一度、普段より赤めのリップをつけていったときは二度見された。
それから目をそらした後、彼は前を向いたまま固まり、もうこちらを向くことはなかった。
私はその日、その横顔をめちゃくちゃ見た。
目の横の、髪に隠れる部分にほくろがあるってそのとき初めて気づいた。
今日もほら、私の横に立つ。
『次は〇〇駅、〇〇駅』
新しいぶら下がりタイプのパールのピアスをつけた私は、彼が気づくかな?って。ちょっとドキドキした。
伏せがちな目で、私を見る時間が少しだけ長い。ああ、やっぱり気づいたみたい。
落ち着かなくて首のあたりに指をたどらせる。
今日は真っ青なネクタイだった。
目の端にかかるちょっと伸びた前髪が、男の人なのにちょっと色っぽい、なんて思ってしまう。
そっけない電車のアナウンスの合間に考えてしまうのはやっぱり、すぐ横の彼のこと。
この人、どんな声で喋るのかな。
手は大きい。
指輪をしてないのは最初から気づいてた。
爪は短くてキレイ。
それに気づいてぎくっと胸が跳ねる。
彼女、いるのかな。どんな人なんだろう。どんなキスするんだろうか。
その日はそれだけで頭がいっぱいで、勤務先の最寄りの駅まであっという間だった。
*****
今日も私の隣に彼が乗ってくる。
発進で揺れ始める電車。脚でバランスを取ってるけど、少しだけ彼の方に傾いてしまう。
今日も彼の指は爪までキレイだった。
うーん、やっぱり彼女がいるんだろうな。少しだけがっかりしながらも彼の手に見惚れる。
と、突然至近距離で彼の顔がこちらを向いた。
「!」
慌てて前を向いた。
ヤバい、ずっとジロジロ見てたの、バレちゃった。
どうしよう、嫌な気分になったかな。この人、明日からもうこの車両に乗らないかな。
ああ、やっちゃった…。
ドキドキするのが止まらず、固まってしまった私のロングプリーツスカートのあたりに、ふわっと軽く何かが触れた。
「…」
カバンを持つもう片方の彼の手だった。
触れてすぐに離れていく手。それだけだったのに、私はもういっぱいいっぱい。
自意識もいいところだと分かってはいるけど、まるで彼から許され、求められてるような気がして胸が爆発するようだった。
何考えてるんだろう、私ったら…。
彼も私も一人前の社会人の格好をして、きちんとマナーを守って電車に乗っている。それを毎朝繰り返しているだけ。
なのに、ものすごく淫らなことをしているかのような気分になっていった。
最高…
きゅんです。ありがとうございます!最高でした。
名梨 さん 2021年5月28日