その瞳に焼き付けて (Page 5)

どれくらい時間が経ったのかわからない。ぼんやりとした意識の中うっすらと消毒液の匂いがした。クリーム色のカーテンに囲まれたベッドに寝ていることに気がつき、そこで意識が完全に覚醒した。乱れきっていた衣服は整えられ、体も綺麗に清められている。しゃっととカーテンが開く音がしたてそちらに視線を向けると三田さんがにこっと笑って傍らに来た。

「おはよう。まだ夕方だけど」

「ここは救護室…?」

「そうだよ。今日先生いないけど学生課に貧血しんどそうな子がいるから開けて欲しいって言ったら、割とすんなり開けてくれた。とりあえず寝かせておこうと思って。ここならタオルもあるし、水道もあるし。ちなみに使ったタオルは洗濯中」

そういえば洗濯機のような低い音がしている。頬にかかる髪をよけられる。意識は覚醒したけれど、先ほどの行為の現実感が薄く私はゆっくり瞬きする。

「ありがとうございます、三田さん」

「名前でいいよ。同級生なんだし、敬語もなし」

「ありがとう、幸樹くん」

大きな手が頬を撫でる。それが少しくすぐったくてくすくす笑う。何か言うべきなんだろうか。肝心なことは何も言ってない。

「幸樹君、私「ストップ」

言い切る前にそういわれて、言いかけた言葉を飲み込む。せめて言いたかった。幸樹君にとっては割と何でもないことで、一線を越えてしまったが故の名前呼びやタメ口の許可だったんだろうか。一瞬の沈黙にいろいろと考えてしまって、だんだん悲しくなりじわっと瞳に涙がたまる。思うことさえ迷惑だったりすると思うと本当に絶望的な気分だ。

「今作ってる映像完成したら、俺から言わせて。多分一週間ぐらいかかりきりで絶対に構えないし。その、順番めちゃくちゃだけど、完成したら絶対に言うから。そしたら、どっかデート行こうよ。神崎さんの行きたいところも僕が行きたいところもいっぱい行こう」

「その時は私が言おうとしたことも聞いてね。それと、私のことも名前でいいよ」

「まどか。その時はさっき言おうとしたこともいっぱい聞かせて」

その甘い微笑みもこの空気も瞳に焼き付け、心に刻みこみたい。ふとそんな甘ったるいことを考えた。

Fin.

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