裏切れない相手ができました
総合病院で医療クラークとして働いている光希。勤務医に遠回しに迫られて辟易気味。ある日偶然忘れ物を取りに来た学生に、医師に言い寄られてるところをみられてしまう。口止め料として「なんかお礼するから」といったらそれを真に受けられてしまい…
在学中に通信教育で資格を取り、医療クラークとして働いて5年。忙しいけれど、充実した日々を過ごしていると思う。
「ね、食事だけだって。やっぱりお互い交流を持つっていうか親睦を深めようよ」
「あー、今日は先生会議ですよね。明日から出張と聞いてるので、ご準備やご家族と過ごしてくださいよ。では、定時ですのでお先に失礼します」
「つれないなー」
先輩から聞いていたけれど、本当に相当だなこの先生。医療クラークという仕事の都合上、医師と密な連携が必要なことがあり、それなりに信頼関係が必要となる。となると、変に口説いてくる人もいるわけで。
先輩はそれに辟易して、ヘッドハンティングされて違う病院へ転職。その後任となった私も辟易気味。そりゃ嫌にもなるわ。っていうか、妻子持ちとか完全守備範囲外なんだけれど。
「あの先生腕は悪くないんだけどね。そこそこまあまあだし、女性との関係はたしなみとかガチで口にしてるタイプっていうか」
「無視したりいなしてたらそのうち飽きるって。たぶん」
救いといえば同僚の理解が深いところだろう。同情されているのか、先輩には励まされ、同期は気晴らしにと飲みやカラオケに誘ってくれる。本当にみんな優しくて、あれさえなければ最高の環境なんだけどなぁ。
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今日も今日とて本当に辟易する。
「いい加減つれなくしないでさぁ、俺たちもっと親密になる必要性があると思わない?」
「仕事は問題ないかと。それに先生には美人の奥様がいらっしゃるじゃないですか、お子さんも3歳とかでかわいい盛りでしょう…」
「そうだけどさぁ、飯がレトルトとか多くてさあ。息子ばっかり構って俺のことはおざなりというか」
だったらなおさら早く帰れよ。おざなりなのは奥様がワンオペ育児だからだろ。というか、奥様は看護師でフルタイムで働いてるって聞いたけど。さりげなく腰に手を回そうとする先生の手を払いのける。
「あ、あのー」
いい加減出るとこ出ると脅しをかけようとしたその時、すごく気まずそうな表情で小さく声をかけられた。
「どうされました?」
先生を押しのけて、声をかけてきた青年に向き直る。戸惑いきった様子で
「以前ここでパスケース落としたっぽくて、会計のところで聞いたら診察室で聞いてくれって。その青いパスケースなんですけれど…」
「ああ!事務の方で預かってるので、ついてきてください。では先生、お先に失礼します」
事務の方に歩き出す。その3歩ほど後ろを青年が付いてくる。助かった、日ごろの行いがいいからだな。
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