定時は秘密の始まりです
仕事の鬼と呼ばれる御崎主任。その補佐につく明日香は御崎主任を唯一怖がらない鋼鉄の女と呼ばれていた。皆は知らない、主任の定時後の顔を。いつでも甘くて困る位溺愛してくるなんて、誰が想像できるだろうか?今日も定時後、二人の秘密の夜が始まる――。
文具メーカーに就職して一年ちょっと。仕事にもようやく慣れてきて、ミスも少なくなったところで主任の補佐を言い渡された。
御崎主任は陰で『仕事の鬼』と呼ばれている。恐ろしく厳しく、企画も容赦なくリトライの嵐。ただ、主任の企画はどれもとんでもなく面白く、費用対策もコストも抑えられるという理想的かつ画期的。一言で言えば仕事のデキる人だ。自分に厳しい人だと思っているし、他人に対しても厳しいけど、補佐として付くことで学ぶことも多いと考えた。
「篠崎、この前の頼んだ資料は出来てるか?」
「もう共有フォルダに送ってあるので、ご確認ください。補足資料も入れておきました。見積計算書は三時までには共有フォルダに入れておきますので、終わりましたらご連絡いたします」
「これから得意先回りがあるから、連絡してくれ。四時には戻る」
「承りました」
主任は忙しい。そうとても忙しい人だ。残業も当然の様にされてるし、ぶっちゃけ定時で帰る日なんてノー残業デーぐらいだ。労働基準法が見直されてから、厳しくなったからなぁ。
「明日香は御崎主任によくあんなにキッパリいえるよね。私ビクビクしてミスばっかりしそう」
「まあ、確かに厳しい人だけど怖い人じゃないよ。仕事の鬼ってだけでいう事は正論だし、そもそも業務連絡でビクビクしても仕方ないっていうか…」
同僚の彼女達は私の事を陰で鋼鉄の女と呼んでいる。男性社員も喫煙室でそう呼んでいるのも知っている。鋼鉄の女だなんてとんでもない。スマホを開き、見積もりが出来たことを伝えるメールを送る。
『了解した。終業後はいつものところで』
その返事に笑いそうになり、慌てて表情筋を引き締める。スマホの画面見てニヤニヤしてたら不審がられる。一つ大きく深呼吸をして仕事を再開した。
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会社から二駅離れた半地下にあるカクテルバー。カウンターでマティーニを頼んでいるところで主任が来た。
「遅くなって悪い。出る直前で課長に呼び止められた」
「割とさっき来たばかりですよ。課長話長いですもんね」
笑う私の頭に手を置く。主任の手は大きくて温かい。
「俺にもマティーニ」
私はいつも一杯目はマティーニということを知っているのは主任だけだ。
他愛ないことを話しながらマティーニを飲む。主任は私の話をちゃんと聞いてくれる。仕事を離れるとこんな甘い顔してるなんて誰が想像できるんだろうか?
「すみません、シンデレラ」
「かしこまりました」
シンデレラは合図だ。シンデレラの魔法は12時にとけるものだったけれど、私の魔法は12時にかかるようになっている。主任を見上げる。勝ち誇ったように笑っていた。その顔嫌いじゃない。シンデレラを一口飲んで私はにこりと笑った。
あーん
読んでいて指が自然に動いて感じてしまいました
でも人の幸せは楽しいものではないですね
ゆみ さん 2022年5月11日